Masukバイトの連勤が終わった玲喜を家で待っていたのは、自らをゼリゼ・アルクローズ、マーレゼレゴス帝国の第三皇子だと名乗る男だった。 迷子のコスプレ男だと思った玲喜は、ゼリゼを交番に届ける事にするが、家に帰されてしまう。 不可思議な現象は「魔法だ」とゼリゼに言われ、目の前で言葉を変えられたり玄関の鍵を開けられると信じるしかなかった。 外国人だと思っていたセレナが異世界人の王族だと知り、平凡な庶民だと信じて疑わなかった玲喜自身もまた異世界の王族の血を引いていた。 異世界に転移する事によって、次々と明るみに出てくる祖母のセレナの事と玲喜自身の持って生まれた運命が絡む。
Lihat lebih banyak1
——何で家の電気がついてるんだ? 出先から帰ってきた佐久間玲喜《さくまれき》は、扉を前にして立ち止まった。 アルバイトへ行く前にきちんと消したのを確認しているので間違いない。なのに扉に嵌め込まれている磨りガラス越しに灯りが見えた。 物取りの可能性を考えて、すぐに逃げ出せるように身構える。鍵を回してゆっくりと扉を開けたが、直後また閉めた。 ——誰だ……⁉︎ 慌てて表札を確認した後で握りしめたままの鍵に視線を落とす。やはり己の家だ。間違えていない。ならどうして知らない男が家の中にいるのだろう。 しかも目が痛くなるくらいに煌びやかだった。そんな外国人の知り合いなんて勿論居ない。 「は……? どういう事だ?」 物取りならすぐに警察へ通報するのだが、男はその類ではない気がした。 誰だと問う前に、先ず己の間違いを疑ったくらいには男は堂々とした佇まいで、さも当たり前だと言わんばかりに家の中に立っていたからだ。 思考を止めたくて玲喜はため息混じりに目頭を揉んだ。 ——疲れているんだな、きっと……。 二週間休み無しでの勤務は辛かった。 さっきまで睡魔と戦っていたくらいには睡眠時間が足りていない。 昔から肉体的疲労や怪我の治りは異常なまでに早いのだが、睡眠だけはどうにもならない。 脳が疲れているせいでありもしない幻覚を見たのだと、もう一度家の中に入る為に玲喜は扉に手をかけた。 すると今度は内側から勢いよく扉が開く。ゴンッと派手な音を響かせて、扉の前にいた玲喜の全身を叩いた。 「いった……ッ‼︎」 やや俯き加減で立っていたのが災いした。 強《したた》かに額を打ちつけてしまい、思わず両手で額を抑えながら蹲る。 「誰だお前は?」 涙目で見上げると男に問われた。 明らかに不審者を見るような目付きをしているが、玲喜からすれば男の方こそ不審者だ。鍵を掛けて出かけた筈の我が家に知らない男がいるのだから。 「いや、お前が誰だよ? どうやって入った?」 「誰に向かって口を聞いている。俺はマーレゼレゴス帝国第三皇子ゼリゼ・アルクローズだ」 「だから何だよ? 皇子だか何だか知らないけど、人んちに無断で入って良いわけあるか。待て……皇子って言った?」 「ああ。そうだ」 真顔で言われた。 ——頭大丈夫かな……この人。 男と正面から対峙する。 眉根は不機嫌そうに歪められているが、皇子だと言われれば確かに納得してしまうくらいの容姿はしていた。 薄い水色がかったシルバーの髪の毛が照明で輝き、中世の西洋を彷彿とさせる白を基調とした衣装には煌びやかな装飾品があしらわれていて、生地自体も上質そうだ。 玲喜の頭一つ半くらいは高い身長の為に、見上げなければならなくて若干首が痛い。 ただ瞳の色は、祖母であるセレナが生前に見せてくれたネックレスについていたアクアマリンのようで綺麗だと思った。 玲喜が男を注視する。 しかし流暢な日本語を喋る男からは胡散臭さしか伝わってこない。鍵を掛けていた筈の家の中にいた時点で怪しすぎた。 ——多分ウィッグとカラコンだよな? あくまで〝ごっこ〟姿勢を崩さないゼリゼを見て思わず半目になる。 遊びに付き合うノリの良さは今の玲喜にはない。三拍くらいの間が空いた。 「名を聞いているのだが?」 男から再度質問され、面倒くさそうに玲喜は口を開く。 「佐久間玲喜だ。どうやって中に入ったんだよ?」 皇子ごっこの事は今は置いておくとして、何故自身の家にいるのか玲喜は知りたかった。 場合によっては、近くの交番まで走らなければならない。 「それが俺にも分からん。自室に戻ったつもりだったのだが、いざ扉を開けてみれば光に包まれ、目が慣れてきた頃にはこの掘立て小屋の中に居た。何処だここは。誰かの嫌がらせか何かか?」 「悪かったな、掘立て小屋で! お前の存在自体がオレへの嫌がらせだ!」 目を窄めて逡巡した。 ゼリゼと名乗った男の国名に聞き覚えがあるような妙な既視感を覚えたからだ。 ——マーレゼレゴス……帝国? 首を捻る。最近の記憶ではない。 もっともっと幼かった頃の記憶だった気がするが、寝不足で思考回路の回っていない今の頭では思い出せなかった。 それよりも早くこの男に何処かへ行って欲しいという感情の方が上回っている。 眠気がピークだ。シャワーを浴びて布団に転がって眠りたい。 「ここは日本という国だ。マーレゼレゴス帝国じゃない。その前に、マーレゼレゴス帝国なんて聞いた事もないぞ」 ここで聞き覚えがあると言ってしまえば、否応なく話が長引きそうだった。それに聞き覚えがあるような妙な引っ掛かりを覚えた程度だ。 断言できる確かな記憶ではないし、証拠も無ければ自信さえもない。変に期待を持たせてしまうのは可哀想だと思った。 ——いいよな、これで? 玲喜の言葉を聞いて男の目が見開かれていく。信じられないものを見るように、瞬き一つしていなかった。 「そんな訳がないだろう! 我が帝国は世界屈指の海に浮かぶ帝国だぞ?」 「知らないものは知らない。ましてや王族なんてもっと無い」 ゼリゼは絶句していた。 ——演技派だなこの人。 どこか上の空で思いつつ玲喜は家の戸締りをする。 このまま放り出すのは流石に可哀想に思えて、玲喜は男の服を引いた。 「何かよく分からないけれど、迷子なら交番くらいなら連れてってやるから、そっちで保護して貰ってくれないか? オレ連勤明けで疲れてんだよ。だから早く休みたいんだ」 流石に見ず知らずの男をこのまま家に泊めるのは怖い。玲喜は男の服を引いたまま、交番へ向けて歩きだす。男は道中ずっと無言だった。 「ほら、ここだよ。困った時はここを頼るといい」 交番につき、玲喜はゼリゼを中に案内する。 中にいた警官が玲喜に視線を向けて朗らかに微笑んだ。 「玲喜くんじゃないか。どうかしたんかい?」 「うん、ちょっとこの人迷子みたいで話聞いてあげてくれない? んじゃオレはもう行くから」 「外国人かな。日本語分かりますか? ちょっと待ってね。書くもの用意するから」 警官にゼリゼを紹介し、玲喜は出て行こうと扉に手を掛けた。 「ゼリゼ・アルクローズだ。佐久間玲喜という男の元で暮らすように言われて日本に来ているのだが、この通り追い出されてしまった。保護してくれ」 シレッとした表情で、まるで息を吐くように嘘を連ねるゼリゼを凝視する。 「は?」 何を言ってるんだ、と言わんばかりの目で見た玲喜を無視して、ゼリゼは更に続けた。 「少し言い合いになってな。そしたら出て行けと言われた。お陰で住む場所も無ければ文無しだ。非常に困っている。何とかして貰えると有り難い」 警官は深い溜め息を吐き出し、こちらに視線を向ける。 「駄目でしょ玲喜くん。喧嘩したからって外国の方を追い出しちゃ。可哀想でしょう。はい、早く帰って仲直りしてね」 ゼリゼと共に背中を押されて交番の外に追いやられた。ちゃんと説明しようとしたが、警官はもう既に聞く耳持たずである。 「え、あの……違うんだって……」 「はいはい。じゃあまた困った事があったら話くらいは聞くから。仲良くね」 ——今困ってるんだけどっ⁉︎ 来て数分も経たない内にゼリゼと交番の外に出されてしまう。 ゼリゼを泊めざるを得なくなってしまい溜め息をつく。田舎だと交番を含めて顔馴染みなのが仇となった。 窓ガラスの向こう側で警官がバイバイと手を振っている。 初めに不法侵入者だと告げておけば良かったと玲喜は肩を落とした。ゼリゼが新しい仮の王として立ち、玲喜が皇后の座に収まると街中が喜んだ。 異論を唱える者など存在しなかった。一ヶ月後には遅れて行われる戴冠式、その前に玲喜の出産予定日が組まれている。 王位継承権の順番で言えば、次の王はマギルかジリルなのだが、二人揃って世継ぎが生まれるのを理由にして、ゼリゼに押し付けたというのもあるが。 その二人と新しい政治の話をしていたゼリゼは、執務室で憤慨していた。「ふざけるなよ、このクソ兄共! 暇なら貴様らが動けば良いだろう! 王直々の命令だ!」「んじゃ、玲喜ちょうだ~い。玲喜いるなら僕が代わりに王さまやって何でもしてあげるからさ~」「あ、それならおれも王さまやるぜ」「玲喜は俺だけのものだ。貴様らはもう死ね」 王族会議という名の兄弟喧嘩が勃発して、近くの山が消し飛んだ。 玲喜が過去にうっかり作ってしまった無人島の大陸もまた海に沈んだのだが、街の人たちも含めて、地響きを感じながら「またあの三人か……」と生温い目で見守っている。 その時の事を色々振り返り、ラルが笑みを浮かべた。 また二人の元へ向かい、ゼリゼに声をかける。「ゼリゼ様、玲喜様をベッドにお連れしましょうか?」「俺が連れていく」 玲喜を横抱きにしてゼリゼはラルと共に歩き出す。「結局世継ぎは双子だったんですか?」「いや……一人だ」「そうですか」 生まれるまであと僅かだ。 もしかしたら玲喜は、子が自分と同じ境遇になってしまうことを嘆くかもしれない。 だが、何も言いはしないが、玲喜はもう知っていてその上で受け止めているような気がゼリゼはしていた。 二人の会話で意識が浮上したのか、玲喜が目を開ける。「あれ……。ごめん、寝てた」「良い。寝ていろ。ベッドまで運ぶ」「平気だ、歩く。動いた方が良いと言われてるし」 ゼリゼに下ろして貰い、玲喜はすっかり重たくなってしまった足を動かす。 喉元が小さく動いた気がして、玲喜は手を当てた。 レジェはまたここで眠りについている。だけど、たまに動く気配をみている限りでは、もう邪悪な気配は感じなかった。 いつか兄弟として普通に話せる日が来るんじゃないかと思ってしまうが、あまり期待はしないようにしている。「なあ、ゼリゼ……ラル、もし生まれる子が、さ……」 どこか言い難そうに言葉を口にした玲喜の頭は、ゼリゼとラルに
「大丈夫だ。元気に暴れている」「……良かった」 ゼリゼの首に両腕を回して抱きつく。 今なら、セレナが言っていた〝アクアマリンのネックレスが導いてくれる〟と言った本当の意味が分かった気がする。それはきっとレジェを封じる事を指していたのだ。「……」 マギルは色々な意味で凹んでいて、皆と遅れながらも、無言のままマーレゼレゴス帝国へと帰って行こうとしている。 しょんぼりした後ろ姿を見て、玲喜は何だか悪い事をしたような気になった。「マギルごめんな……色んな意味で」 一応謝罪の言葉を口にする。「あー、良いよ玲喜なら」 マギルが後ろ手に手を振り、肩を落としたまま帰って行った。「少し歩くか?」「うん、ありがとうゼリゼ」 相変わらずの田舎具合だが、住み慣れていた空間は心地いい。「アタシは此処で待ってるからごゆっくり~」「分かった。一回りして戻るから」 リンにも手を振って、玲喜とゼリゼは久しぶりの日本の地に歩を進めた。「玲喜、くん? もしかして玲喜君なのか?」「交番のおじさん……」 もう既に定年退職していたが、近くに住んでいたのもあり、たまたま出会した。 玲喜とゼリゼを見て、そのままの姿なのに驚いたものの、元警官は喜んで泣き崩れた。 その時に、玲喜はその後の経過を知る。 日本では、玲喜は失踪扱いされており、交番にいた警官がゼリゼを覚えていたのもあって、二人とも事件に巻き込まれたのではときちんと捜査されていた。 しかし強盗や事件への関連性は薄く、いつしか神隠し扱いとなっていたようだ。そんないわく付きかもしれない場所を買い取る物好きはいない。家の売却の話は瞬く間になくなってしまったらしい。 当時の元警官にも手を振って、家に戻る。もう古くなって埃と泥のようなものに塗れていたが、玲喜は家中にあった喜一郎やセレナの荷物を魔法で綺麗にしてから宙に浮かせた。 引っ越しにも魔法は便利だった。そしてゼリゼと共にマーレゼレゴス帝国へと帰る。その日から、ゼリゼと玲喜も城の再建に取り掛かった。 復興作業から数ヶ月後。短い期間にもかかわらずに、もう殆どが形になっている。「ちょっとマギル、サボり過ぎじゃなーい?」 ジリルの声掛けにマギルが面倒臭そうにため息をついた。「はいはい。やればいいんだろ! ていうかあのバカップルも同じだろう!」「な~に言ってるの
5 マーレゼレゴス帝国には、いつからか持ち込まれた一冊の絵本が人気を博していた。 双子の少年たちの冒険譚である。 誰かが手書きで書いた絵本らしき異国語の読み物は、マーレゼレゴス帝国では珍しがられて、口伝で広まりその絵本を読むために老若男女問わず列を成して順番待ちをする有様だった。 日本語で書かれた読み物は皆が読めるように今では翻訳されている。その有様を知った新王が、その本を大量にコピーして、街中に無償で配った。 皆喜んで手にして読み、古くなった絵本を魔法で修復しては何度も人々を楽しませた。 もうそれは絵本ではなく、マーレゼレゴス帝国の歴史の教科書にさえなりそうな勢いだった。「~で、双子の少年たちと、皇子さまたちは街の人たちと城を再建させましたとさ」 噴水のある大広場にある木陰で読み聞かせをしていた少女が、絵本を読み終える。すると話を聞いていた男の子が少女に視線を上げた。 薄い水色がかったシルバーの髪色の男の子の首元には、小ぶりにしたアクアマリンのネックレスが光っている。 少女は、アレキサンドライト色をした瞳を持つ男の子に手を伸ばして、そのネックレスを撫で上げた。 大きな粒の中に赤い点が一つだけ深く深く沈みこんでいる。だがあまりにも儚くて消え入りそうだった。「ねえ、リンちゃん」「どうしたの?」 少女の癖っ毛の短い髪の毛が風で揺れる。「どうしてこのお話はここで終わってるの? 続きはー? 結局悪い人はどうしたの?」 ふふ、と笑みをこぼした少女……リンが男の子としっかりと目を合わせた。 リンの黄色の瞳が、チェシャ猫のように細められる。「王さまと皇后さまに聞いてみるといいよ」 すると男の子がムスッとした顔をした。「やだよ。父様も母様もさ、いーーーっつもイチャついてばっかりなんだもん! いつになったら倦怠期っていうやつ来るの? 夫婦ってやつには来るもんなんでしょ? 友達が言ってたよ。でも来ないんだもん。本当っーに嫌になる!」 そう言うと、リンは芝生の上を転げ回りながら大笑いした。「あはははは。仕方ないじゃないか。だってこれ王さまと皇后さまたちの昔のお話なんだから。たくさん苦労した分、平和になった今はイチャイチャくらいさせといてあげなさいよ」「ええええーーーっ!」 男の子が驚きの声を上げる。「なんだよそれ、これ父様と母様の
先程リンが想像した事態となっている。そこで玲喜はある事に気がついた。「なあ……ラルは? ラルもいた筈だろ?」 ゼリゼが痛々しそうに眉根を寄せる。それを見て玲喜は分かってしまった。「う、そ。嘘だ!」「ああ。それはそこの銀髪の皇子を庇って、真っ先に逝ったこの男の事か? お陰でそこの銀髪は殺し損ねた。そのアクアマリンの目を見ていると、不愉快で堪らないと言うに」 空に翳したレジェの左手が、時空の狭間から何かを掴んで引き摺り出す。見慣れた姿が変わり果てた状態となって床に転がされる。「ラル!」「邪魔ばかりするのでな、空気のない時空に閉じ込めておいた」「何してんだよっ、お前!」「うるさい。お喋りもそろそろ飽きた。お前らも目障りだ。全員纏めて消えろ」 ニンマリと嫌な笑みを浮かべる。 レジェの左手の中で、赤黒い炎が生まれて大きくなっていく。マグマが迸る火山火口にでもいるような気分だった。 特大級クラスの火属性魔法攻撃が来る。レターナとレジェ以外の体が硬直した。 ——熱い……っ。 体内の水分も血液も全て沸騰しそうなくらいの熱に、全員顔を顰める。玲喜の腕はゼリゼに掴まれて引き寄せられた。「玲喜、マギルのそのネックレスを引きちぎれるか? それはマギルの魔力制御装置だ」 耳打ちされた言葉に無言で応えるように、玲喜は首元にネックレスを引きちぎった。続いて、ジリルが己の耳に付けていたカフスを全て引き抜く。横でもゼリゼが指輪とネックレスを取り除いた。 途端に三人の魔力が増幅する。「その程度では無駄な足掻きだ」 含み笑いを漏らし、レジェが可笑しそうに肩を揺らして笑った。「玲喜、絵本を思い出せ」「絵本て……セレナの?」「そうだ。あれは絵本というより予知書に近い。セレナはいくつも布石を置いていた。王族の衣装、装飾品、ラルを日本に招いたのも恐らくはセレナだ。俺も布石の内の一つだったのかも知れない。絵本に書かれていたように、全力で浄化魔法と前にラルが教えた闇属性の攻撃魔法を打て。セレナを信じろ」 返事をする間も惜しむように、玲喜が呪文を言葉に乗せていく。 隣にいるゼリゼの言う通りに口にすると、白と緑の魔力が混ざりあう。 マギルの魔力も乗せられているようだ。その上にゼリゼの黒い魔法壁が展開されていき、ジリルの水魔法と全てが融合した。「あ、出遅れてしまいま